今回は、1971年10月29日に亡くなったギタリストDuane Allmanについて追悼の意味を込めて書きたいと思います。
まず、Duane Allmanを知らない人のために彼の事を簡単に説明します。彼は、サザンロックの雄、スライドの名手、オールマン・ブラザーズ・バンド(以下ABB)のリード・ギタリスト、1970年代初頭のクラプトンをスランプに追い込んだギタリスト等、彼を形容する言葉は数多い1960年代中期から1970年代前半に活躍した有名なギタリストです。残念ながら志し半ばで24才という若さでオートバイ事故でなくなってしまったのですが、今でも彼のギタープレイを好きな人は多いです。もし、ご興味をお持ちになったらABBの[フィルモア・イースト・ライブ]か[Duane Allmanアンソロジーvol.1]を聴いて見てください。特にスライド・プレイに興味のある方は絶対に聴いたほうが良いです。彼は、今活躍しているスライド・プレイヤーのほとんどの人に影響を与えているのです。
私も、今でも彼を大好きな一人なのですが・・・、実は、最初にABBのファースト・アルバムで彼のギター・プレイを聴いた時はあまり興味を持ちませんでした。なぜならば、その時はクラプトンのレスポール+マーシャル・サウンドに飽きてマイケル・ブルームフィールドのレスポール+フェンダー・アンプのトレブリーな音に夢中だったのです。私は、結構不器用な性格で一度好きになるとしばらく他の人に目が行かなくなるので、本格的にDuaneのギタープレイにどっぷりはまったのは、当時新宿のロック喫茶へ行った時に流れたボズ・スキャッグスのloan me a dimeという曲で弾いている彼のギターソロでした。彼のタイム感があまりにも独特でスリリングだったことと、P-90のシングルコイル搭載のGibsonギター+フェンダー・アンプを使ったミドル・レンジが強調された物悲しい音に圧倒されました。それから、改めてABBや彼のアンソロジーを聴きなおしてさらにのめり込んでいきました。彼のプレイは、聴けば聴くほど素晴らしく、一時はスライド・ギターしか興味がなくなってしまい、そればっかり練習していて指弾きが下手になったことがあったぐらいです。
彼は、世界中のギタリストに影響を与えたすごいギタリストだったので、ジャズの巨匠ハービーマンに誘われて、ジャズメンの中で一人自分のロックギタースタイルを貫いて録音した[Push Push]があるんです。私や仲間は、当時このアルバムを聴いた時「こりゃあ、さすがの彼でもテクニック的に完敗かな?」と悲しくなり、それ以来このアルバムは聴きもしませんでした。しかし、数年前にCDで再発された時に買って久しぶりに聴き、何十年前に感じた事が間違っていたとわかりました。それは、私達の偏見だったのです。彼は、フリーなプレイが本領のジャズメンを尻目に、自分のスタイルを誇示してそれ以上なレベルで弾ききっていたのです。それは、難しいジャズ・テクニックを彼の一発チョーキングと独特な間で圧倒していたというより、瞬間を音で表現するテクニックがどの分野のミュージシャンより優れていたのです。私は、長い時間が経過してまた彼にその重要さを教えてもらいました。それ以来、ステージでアドリブを弾く時にフレーズを組み立てる作業に捕われることよりも、感じたことを音で表現できるように精進するようになりました。
私は、機会があって1979年10月29日(日本時間)と1988年4月の2回、ジョージア州メイコン市にあるローズヒル墓地へ彼とベーシスト・ベリー・オークレイの墓参りに行ったことがあります。しばらく、行く機会がなかったのですが、今年静岡の伊東さんご夫婦が墓参りへ行かれた話を聞いている内に、近々に自分も行きたいと来年は無理やりアトランタ方面に仕事を作りたいと思っています。
最後に、今年の10月29日は、Duaneファンの九州の人から、彼の命日にギターを受け取りたいという嬉しいご要望をいただきましたので配達に行ってきます。
終わり