26. 10月 2000 · [EPISODE 10] 思い込んだら・・・、いつの間まにか”Long Story” はコメントを受け付けていません · Categories: 過去の四方山Episode1〜

先日入荷した1952年製造のテレキャスターは、シェリル・クローのギタリストから譲り受けてアメリカから送られてきたのです。このギターは、シェリル・クローが数年前来日した時にフジテレビの音楽番組ミュージック・フェアで弾いた物だそうです。今回、この1952年製造のテレキャスターを見て、私が”昔に誓ったあること”を書きたくなったので書くことにします。

その”昔に誓ったあること”とは、「あ~あっ!」とため息が出る遠く昔の1970年代初頭にさかのぼり、初めて1950年代のフェンダーストラトのネックを外した時、古いフェンダ-には製造年月日が書いてある事を知り、自分の生年月と同じ1952年9月製造のテレキャスター、あるいはエスクワイアーを絶対手に入れたくなったのです。当時は、新品のGibsonやFenderを置いている店が東京でも数店しかなかった時代で、まして50’sのレスポールやテレキャスターなどのヴィンテージギターを手に入れる事は本当に大変なことだったのです。それからというもの、約30年間、アメリカなどで1952年製を見つける度にネックを外す作業を繰り返しました。その数は何十本になったか覚えていません。最高に惜しかったのは、16年前に見たネック8月&ボディ10月というものでした。その時はさすがに「何で?」とがっかりして、もうやめようと諦めかけました。当然、未だもって見つからずにいます。最初、協力的だった仲間も、あまりにも見つからないので飽きてしまったようで、この頃はこちらから尋ねる前に「これは1952年3月」「あれは1952年11月」と淡々と先に言われてしまうようになりました。

さっき、このシェリル・クロー使用のテレキャスターを仮押さえしていただいている山形県のお馴染みさんとこのことを雑談で話したら、「そりゃぁ、エクスプローラと遊んでいる内は無理だな。その気がないから、来ないよ、しばらくは・・・」と駄目押しされました。             納得! でも・・・、できない!したくない!

 

自分の生年月のギターを持っている人が羨ましい! 仲!    おしまい。

 

 

[番外編] 西村さん、Duaneの墓へ行った話

 

★今年アトランタへ転勤されたお客様から「今、Duaneの墓へ行って来た」というメールが届きましたので「番外編」として掲載させていただきます。

 

岸田さんへ

今日はDuane Allmanの命日。Duaneの墓参りに行って来ました。

先週から会社の関係者に今日は休むと宣言しておりました。

休暇は昨年の12月1日以来なので。。。考えてみるとここ2~3年は1年に1日くらいしか休暇を取っていませんでした。部下には休めと言う割に自分は全然休んでいないことに気付きました。会社の皆が何処へ行くのだ?とか色々尋ねるので、日本人には”知り合いの墓参りに行って来る”と言うことにしていました。部下のアメリカ人には”Duaneの墓参りに行ってくる”というと喜んでいました(笑)

一部、日本人との会話です。”アメリカに知り合いのお墓なんかあるのですか?””そうなんだ””何処ですか?””Maconにあるんだよ””アメリカ人ですか?””そうだよ””へぇ~。。。アメリカ人の知り合いで又そのお墓がMaconにあるなんて、結構近くて良かったですね””。。。(ニヤリ)”ということで、昨日から夏時間から冬時間になり、1時間時間が遅くなったことで、いつもの通り朝7時に起きるとまだ朝6時。10月に入ってからはだんだん日の出が遅くなり、朝会社に出掛けるときはまだ暗かったのですが、これで明るい時間に出社出来ます。今日は結局8時まで寝て、起きてからはLaylaやThe Fillmore ConcertのCDをかけまくり、12時頃家を出ました。丁度、車のエンジンをかけるとFMからLaylaが流れ、”こりゃぁ気分だねぇ”と思いながら一路Maconを目指しました。インターステート75(通常 I75と呼んでいる)を南に向かうこと約1時間でMaconに到着。手前のTurist InformationでRose Hill Cemeteryの場所を教えてくれた初老のおばさんは上品で素敵なご婦人でした。Meconという町は比較的小さな町で中心街は寂れていましたが、町自体はCollegeと教会を中心とした町の様です。特にBaptist

の教会が多かった様な気がしました。Turist Info.で貰ったガイドブックによると、ここは1万年以上前からIndianが住み着いており、1540年にスペイン人が入植し、Baptismを広めたらしい。スペインとBaptismの関係は良く勉強していないので分かりませんが、Baptistは確かProtestantの一種だったと記憶しています。おかしいなぁ。。。スペインはCatholicの国ではなかったでしょうか?何故このようなクダラナイことを言っているかと言うと、教会のほとんどが1800年代半ばから後期にかけて作られたものの様で、日本でいえば嘉永6年(1853年)の黒船の時期にあたる訳で、坂本竜馬や勝海舟、西郷隆盛などが活躍し、時を同じくしてアメリカでは1861~1865年の南北戦争が起こっており、何となく当時の激動の時代に想いを寄せてしまったからです。

話を戻して。。。MaconのDown Townにある花屋で花を買い、何故かついでにそこで売っていた美味しそうなチョコレートも買い、Duaneの眠るRose Hill Cemeteryに行きました。町の中心から車で5分くらいです。入り口に入ってから、ハタと気付いたんだけど、一体Duaneのお墓は何処にあるんだったけ?。。。そういえば日本だってお墓に行ったって墓の案内なんて誰もしてくれないよなぁ~と思いながら取り敢えず中に入ってみました。でも結構中は広くて、10分も歩くと途方に暮れてしまいました。近くに墓の掃除をしている黒人のおっちゃんがいたので、Duane Allmanのお墓知らないか?ときくと”All the way down”というので”Just way down ?”と言いつつ言葉に従って真っ直ぐ下って行ったんだけどやっぱり見つかりませんでした。結局入り口に戻ってしまったのですが、そこに入り口の受け付けみたいな建物の電気工事をしている白人のおっちゃん2人を発見。同じく場所を尋ねてみると、やはり真っ直ぐ下って曲がりに沿っていくと”Just Behind the back”にあるとの由。そこだけロープで囲まれているんだと。。。”Got you !”と言って歩き始めるとおっちゃんが”It’s difficult to explain and complicated, I ‘ll take you to the place, come and ride !”と言って車で連れて行ってくれました。2分と掛からなかったのですが、南部の人特有のSouthern Hospitalityに触れた様で嬉しかったです。

“Is it particular day ? Because a lot of people came, also the Allman’s families yesterday and today”とおっちゃんが聞くので”Yes, this is the anniversary of Duane’s deah. 30 years has passed since the accsident happened”と言うとうなずいていました。Duaneのお墓は確かにロープで囲まれていて”Do not Cross by “だったか小さな看板が掛かっていて墓石に触れることは出来ませんでした。Berry Oakleyのお墓も並んでいて、ほぼ1年の違いで事故死してしまった2人の若い才能溢れるミュージシャンの冥福を祈りました。3人のアメリカ人がそばにいて、見ず知らず同士にも関わらず自己紹介をして握手した次第。墓石の上に花を置こうとしたのですが、真中に上手く置けそうになかったので手前の芝生の所にそっと投げ入れると、3人のうちの1人が突然ロープを跨いで私の投げ入れた花束を墓石の上に置こうとしてくれました。ここでちょっとしたハプニングが起こりました。

突然背後から大きな声で”Hey ! Get out of here !”と威嚇するような声。1人の男が近づいて来ました。その後に女性が1人。男が言うには”ここに入ってはいけないんだよ”中に入っていた男の人は”俺はただ花束を墓石に上に置こうとしただけだ。でも申し訳ない。するべきではなかった””悪いが、例外は認められないんだ”後に付いて来た女性は50歳前後と思われる上品な女性で、均整の取れた体に目鼻立ちのハッキリ美形。朗らかに微笑みながら”昔はそんなでも無かったんだけど、ある時からひどくなってね。沢山の人が来てお墓にお花とかならいいんだけど、ごみやらいろんな物を置いて行くようになって大変。。。1年に4回お掃除を頼んでるのよ。。。”と言いながらロープの中に入り私の投げ入れた花束を拾い、丁寧に墓石の傍らに飾ってくれました。

“Thank you mam”と言うとニッコリ微笑んでくれました。一体誰だろうこの人?と思っていると、先程怒られた男が”あなたは誰?”尋ねてくれました。”I am Berry’s sister”と彼女は答えました。いやぁ~びっくりしました。思ってもみなかった展開に。。。彼女はあと2言、3言周りの人達と言葉を交わすとゆっくりと車の方に戻っていきました。私は20分ほどお墓のそばに佇んでいろいろな想いに耽りながら、もう一度お祈りをして帰ることにしました。たった25年、いや25歳の誕生日を迎えることが出来なかったDuane。今も生きていたら。。。なんて思ってちょっとセンチになりました。とても写真など撮れる雰囲気ではなかったので写真は撮りませんでしたが、中学の頃、こんな所に来れるなんて想像すらしていませんでした。25年の時を経て、ここに来ることが出来、こ

の光景をしっかりと脳裏に刻んだ次第。長くなりました。 ではまた。 西村