07. 1月 2022 · [EPISODE2834]気分がいいので。。。1972年東京生活。。。 はコメントを受け付けていません · Categories: 新着情報

1月5日
やっと、名古屋でゆっくりできた。
お昼、レッカー車が愛車を取りに来た。
愛車は、1996年製のステーション・ワゴン。
実は、年末、電気系統に問題が起こり、高速の入り口で止まってしまったのです。
騙し騙し、乗ったけど、最後はエンスト。
さっそく修理屋のFさんへ電話し、状況を報告。
Fさんは、いつも、何とかしてくれる凄腕。
しかし、年末の電話では、初めて歯切れの悪い返答。
えええっ!
考えられるパーツがダメなら、かなりな高額だそうだ。
中古は使い物にならない。
しかも、新品は日本にはない。
ふうむ・・。
今度ばかりは、お釈迦かな・・・?
エンジンも足回りも最高なのに・・・。
ちょっと諦めぎみ。。。
夕方、Fさんから電話。
本当ですか??
嬉しい!!!
何とか、救えそうだそうです。
嬉しい!
気分がいいから、前回の続き1972年を書きましょう。

■1972年東京へ。
春なのに、まだアパートが決まらず、結局、兄貴の友人がやっている北池袋の4畳半アパートを無理やり借りることにしました。
大家さんが1階。
2階の4部屋がアパート。
ラッキー!
私以外は、女子大生!
跡見女子大生の皆さん。
初めまして!
しかも、窓を開けると、女子寮。。。
幸先の良い東京生活がスタート!!!
ははは。。。

ヤッホー!

*名古屋人は、地下鉄に乗る!
????
水道橋まで、どうやって行けばいいんだ?
当時の名古屋人は、すぐに地下鉄に乗る。(笑)
私もその一人でした。
名古屋は、地下鉄が発達してるからです。
受験に来た時、水道橋から新宿まで地下鉄で行こうとした。(笑)
地下鉄でも行けないことはないけど・・。

*念願のギブソン社製ES335を買う。
そんな中、ES335を買うために、都内をうろうろ。。。
当時は、銀座や渋谷の日本楽器店、お茶の水の石橋楽器店ぐらいしかギブソンギターを置いてませんでした。
しかも数本づつだけ。
4月中旬。
再び、ミュージック・ライフの小さな広告があったお茶の水の駅にある石橋楽器店へ。

1回目はなかったけど、2回目に行ったら、真っ赤なES335がショーケースに飾ってあったのです。
ピカピカ光っていた。
眩しい!!!
生まれて初めて見る憧れのギブソン社製ES335TDチェリー。
ピッカピカ!!!
これこれ!
見ていて、よだれが出そうだった。
ははは。
販売価格は、20万円ちょっと。
買うしかない!
大学生の初任給は、28,000円から32,000円ぐらいだったかな?
バイト代は、時給250円。
所持金は、5年間、バイトやお年玉で貯めたお金が11万。
分割払いはない。
さて・・・。
毎月の仕送りが30,000円だろ。
△アパート代7,500円。
残りの23,000円で生活。
何とかなる!
どうしても欲しくて、母に仕送り3か月分を前借りして買いました。
この時、後に石橋楽器店で働くことも、ヴィンテージ・ギターにのめり込むことも想像できませんでした。
ギターを買ったら、石橋楽器店のオーナーに買われた。(笑)
感謝してます。
ES335を買ったぞ!!!
持って帰り、ヒストリー・オブ・エリック・クラプトンの中ジャケに写っていたES335と見比べる。
ふむふむ・・・。
あれっ?
エリックさんのは、ストップ・テイル・ピース。
私が買ったのはブランコ・テイルピース。
しかもピックアップにGIBSONの刻印。
?????
ここから、ヴィンテージ・ギターとの関わりが始まったのです。。。
何度も、色んなとこで書いてますが、私は戦後にあった“産めよ。増やせよ”の最後の世代。
いつも兄貴のお古を着せられていたので、新品が好きでした。
でも、自分が求めていた音がヴィンテージしか出ないなら、認めるしかなかったです。
最終的に、古いもので好きになったのは、ギターと愛車だけ。
ヴィンテージ・ギターが、子供の頃のトラウマを変えてくれたことに感謝しています。

ただ、ヴィンテージギターはすぐには日本には入ってきたわけではありませんでした。
この続きは・・・、
そのうちに。
ギター弾こう。
つづく。